
受託開発会社の経営方針転換:「作る会社」から「成果を出す会社」へ
私は受託開発会社を25年以上経営してきました。 当初は「納期を守って、品質よく作る」ことが正義でした。そこに疑いはありません。実際、それで会社は伸びました。 でも今、AIの普及で“実装コスト”が目に見えて下がっています。 コードを書く速さは…

EEG Editorial
Content Team
受託開発の現場で25年以上、いろんな「正しさ」を見てきました。 ウォーターフォールが正義だった時代も、アジャイルが救世主に見えた時代も、マイクロサービスが流行って“分割して統治せよ”が合言葉だった時代も。 そして今、IT受託開発はもう一段、はっきりとパラダイムシフトしました。 主役が「人間の手」で書くコードから、「AIが生み出す実装」へ移りつつあります。 EEGでは、この変化を前提に開発ポリシーを…
受託開発の現場で25年以上、いろんな「正しさ」を見てきました。
ウォーターフォールが正義だった時代も、アジャイルが救世主に見えた時代も、マイクロサービスが流行って“分割して統治せよ”が合言葉だった時代も。
そして今、IT受託開発はもう一段、はっきりとパラダイムシフトしました。
主役が「人間の手」で書くコードから、「AIが生み出す実装」へ移りつつあります。
EEGでは、この変化を前提に開発ポリシーを更新しました。
結論はシンプルです。
細かいコードにこだわらない。人間は森を見る。実装はAIに任せる。
そして、大規模リファクタリングは“AIがさらに賢くなってから”に寄せる。
今日はその考え方と、現場でどう運用しているかをまとめます。
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最初に誤解を防いでおくと、「コード品質なんてどうでもいい」と言いたいわけではありません。
ただ、“こだわりの配分”が変わったという話です。
昔は、優秀なエンジニアほど「細部の美しさ」に価値がありました。
命名、責務分離、抽象化の粒度、例外設計、見通しの良さ。そういう積み上げが、納期と保守性を救ってくれたのも事実です。
でも今は、AIが実装を量産できる。
しかも一定の品質で。しかも速い。
すると何が起きるか。
・人間が“コードの細部”に使う時間の費用対効果が下がる
・代わりに“仕様の曖昧さ”や“目的のズレ”が最大の損失源になる
・コードを美しく磨くより、「何を作るべきか」「どう動けば正解か」を明確にする方が価値が高い
つまり、価値の中心が 木(コード) から 森(プロダクトとシステム) に移りました。
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EEGの開発哲学を一言で言うと、こうです。
ここで大事なのは「丸投げ」ではなく「委任」です。
委任には、任せる側の責任がセットで付いてきます。
人間が握るべきは、主に次の3つです。
• 何のために作るのか
• 成功の定義は何か(数値でも、状態でも)
• 誰の、どんな痛みを取り除くのか
• 納期、予算、法令、セキュリティ、運用体制
• 使える技術、使ってはいけない技術
• 既存システムやデータ構造との整合
• 受け入れ基準(Acceptance Criteria)
• テスト戦略(E2E、統合、ユニットの割合)
• 監視・ログ・アラートの設計(運用で死なないため)
AIが最も苦手なのは、「本当の目的」と「現場の制約」が絡む意思決定です。
ここは人間の領域です。
逆にAIが得意なのは、制約の中での実装、選択肢の提示、繰り返しの作業、リライト、テンプレ化。
ここは遠慮なく任せます。
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EEGで言う「こだわらない」は、怠慢ではなく方針です。具体的にはこういうことです。
• 1行1行の“職人芸”みたいな最適化
• 過剰な抽象化(未来の拡張のために現在を複雑にする)
• リファクタリングのためのリファクタリング
• “美しい”クリーンアーキテクチャを完成させること自体が目的化する状態
(余談ですが、インデント論争に人生を吸われた経験がある人は、今こそAIに成仏してもらいましょう。南無。)
• 境界(Boundaries):どこまでが何の責任か
• 契約(Contracts):API、データ、イベントの仕様
• 受け入れ基準:動けばOKではなく“正しく動く”定義
• 観測性:ログ・メトリクス・トレース
• セキュリティ:認可、入力検証、秘密情報、依存関係
• 運用:障害時に誰がどう復旧するか
コードの美しさより、システムの生存性にこだわる。
これがAI時代の「品質」の中心だと考えています。
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「AIに任せる」と言うと、魔法の杖みたいに聞こえますが、実際は逆で、人間側が“任せやすい形”を作るほど成果が出ます。
EEGで効くのはこのあたりです。
• NG:「ユーザーが使いやすいようにする」
• OK:「3ステップ以内で登録完了」「フォームエラーは項目ごとに表示」「1秒以内に次画面へ遷移」など
AIは、曖昧さの中で暴れるときもあります。
なので最初から、正否判定できる仕様に変換して渡します。
• APIスキーマ
• DBスキーマ(またはイベントスキーマ)
• エラーハンドリング方針
• 権限モデル
内部実装が多少荒くても、外の契約が安定していればシステムは崩れません。
受託開発は特に、「相手がいる」のでここが生命線です。
AIがコードを書き、AIがコードを直し、AIがコードを磨く。
このループを成立させるのは、結局 テスト(と観測性) です。
EEGでは極端に言うと、こういう順番を推奨します。\
これも誤解されやすいので、はっきり言います。
EEGはリファクタリングを否定していません。
ただし、“やる時期”を変えます。
なぜ後ろに寄せるのか?
• AIの性能は上がり続けている(=将来の改修コストは下がりやすい)
• 現在のリファクタは、未来の仕様変更で無駄になる可能性が高い
• 受託の現場で最も高いコストは「作り直し」より「方向転換」
• “今”磨くより、"動くものを早く出して学ぶ"方が顧客価値が高い
もちろん例外もあります。後ろに寄せると言っても、最低限の整備はやります。
• セキュリティ事故につながる
• バグが頻発して学習(改善)が進まない
• 変更が怖くて手が止まる(開発速度が落ちる)
• 監視や障害対応ができず運用が破綻する
要するに、事業と運用を守るためのリファクタは前倒し。
美観や理想のためのリファクタは後ろ倒し。
この線引きが、AI時代には効きます。
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人間が集中すべき仕事を、EEGではこんなふうに整理しています。
• 課題定義:問題は何で、何を解くのか
• 優先順位:何を削り、何を残すか(これが一番難しい)
• 全体設計:境界・データ・権限・運用
• リスク設計:障害、炎上、法令、セキュリティ、契約
• コミュニケーション:顧客と合意形成、期待値調整
• 価値検証:出したものが正しいか、数字と現場で確認
AIが賢くなるほど、ここがボトルネックになります。
つまり、ここに時間を投資するほど、会社として強くなる。
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AIによって、「実装力」そのものは民主化されます。
だからこそ受託開発会社の価値は、次に移ります。
• 期待値を壊さずに合意形成できる力
• 不確実な状況で仕様を固める力
• 運用と保守まで含めて失敗しない設計力
• トラブル時に守り切る力(体制・判断・責任)
これらは、道具が進化しても簡単にはコピーされません。
むしろAIが普及するほど、差が出ます。
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AI時代の開発ポリシーは、こう言い換えられます。
• AIに作らせる(設計も実装も)
• 人間は決める(目的・制約・検証)
• 磨くのは後でいい(ただし運用と安全を壊すものは今直す)
細部に宿る神様には申し訳ないけれど、今は少しお休みいただいて、
まずは“動く価値”を世の中に出す。
その上で、AIがさらに賢くなった未来に、リファクタリングはもっと安く、もっと速く、もっと安全にできるようになります。
EEGはこの前提で、受託開発のやり方そのものをアップデートし続けます。
森を見て、最短で価値に到達するために。